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日並 皇子(ひなしの みこ)/
草壁 皇子(くさかべの みこ)
・説明:662−689年 天武天皇の第二皇子、母は持統天皇
万葉集1首
日並皇子が亡くなったときには、柿本人麻呂をはじめ、多くの舎人(とねり)たちが悲しみの歌を詠んでいる。
万葉集 巻2−110
・場所:
日並 皇子(ひなしの みこ)/
草壁 皇子(くさかべの みこ)
・説明:天武天皇の皇子、母は持統天皇
大名児を 彼方野辺に 刈る草の 束の間も 我れ忘れめや
おほなこを をちかたのへに かるかやの つかのあいだも われわすれめや
歌意:大名児(おほなこ)のことを、野に刈るかやの束のように、ほんのわずかの間も忘れたりはしない。
「大名児(おほなこ)」は、「
石川郎女(いしかわのいらつめ)
」のこと