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宮城県の句碑・歌碑・詩碑
塩竃市
塩竃百人一首 81〜90
・場所:宮城県塩釜市本町 塩竃曲水  Yahoo地図 
・現代語訳:東北福祉大学教授 花井滋春

No81 従五位上行侍従臣藤原朝臣 雅経
藤原 雅経(ふじわらの まさつね)
/飛鳥井 雅経(あすかい まさつね)(がけい)
・説明:1170−1221年 鎌倉前期の歌人。藤原北家師実流に属し,刑部卿頼経の次男
正治後度百首 
しほがまに いつかきにけん とばかりの そのことのはに 昔をぞしる
 歌意:融大臣が塩竈を象った河原院には、多くの公卿・親王が招かれ、車馬が門に集い、着飾った衣装が地を照らすようであったということですが、その様子は在原業平が詠んだ「塩竈にいつか来にけん」という歌の一節だけでも知ることができます。





 No82 権中納言 公雄/小倉 公雄(おぐら きんお)
・説明:生没年未詳 鎌倉時代の公卿 
 続後拾遺和歌集
塩がまの 浦のけぶりの 一すぢに たつともみえず かすむ空かな
 歌意:塩竈の塩焼く煙は尋常に立っているとも思われません。それほどに霞がかった空模様なのです。




 

No83 家隆 朝臣(いえたか あそん)
/藤原 家隆(ふじわらの いえたか)(かりゅう)
 
・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
   「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位
新古今和歌集
見わたせば 霞のうちも かすみけり 煙たなびく しほがまのうら
 歌意:見わたすと一面霞んでいる中でも、更に一段と霞んでいるところがあるのですね。塩焼く煙の立ち上る塩釜の浦のあたりは。



 

 No84 前中納言 定家 卿(さきのちゅうなごん さだいえ きょう)
/藤原 定家(ふじわらの さだいえ(ていか)
 
・説明:1162−1241年 鎌倉時代初期の公家・歌人 藤原俊成の子
 「ていか」と音読みされることが多い。
 
夫木和歌抄
さとわかず もろこしまでの 月はあれど 秋のなかばの しほがまのうら
 歌意:故郷がどこともわからないほど遠い異国の地にあって眺める月の美しさもさることながら、仲秋の名月が照らし出す、ここ塩竈の浦の美しさは譬えようのないものです。





No85 順徳 天皇(じゅんとく てんのう)
・説明:1197−1242年 鎌倉時代 第84代天皇 別名:佐渡院 
夫木和歌抄
くものなみ 煙のなみは はれながら おぼろ月よの しほがまのうら
 歌意:雲の波、そして塩焼く煙の波は晴れ上がっても、それでもなお塩釜の浦は春のおぼろがかった霞の中に月が佇んでいるのですね。





No86 前 大納言 為家/藤原 為家(ふじわらの ためいえ)  
・説明:1198−1275年 鎌倉時代中期の公家・歌人。
    藤原定家の二男、別称:中院禅師・冷泉禅門・民部卿入道
 
続後選和歌
みちのくの まがきのしまは 白妙の 浪もてゆへる 名にこそ有りけれ
 歌意:陸奥の籬の島には白く砕け散った荒波が押し寄せてきます。「まがきしま」とは、その白波で籬を結いつけた名前だったのですね。





 No87 安嘉門院 四条(あんかもんいんのしじょう)/阿仏尼(あぶつに) 
・説明:1222?−1283年 藤原為家の妻 鎌倉時代中期の女流歌人 
風雅和歌集
身をこがす ちぎりばかりか いたづらに おもはぬ中の ちかのしほがま
 歌意:千賀の塩竈ではないのですが、近いだけでいたずらに我が身を焦がすだけの契りなのでしょうか、あなたとの仲というのは。





 No88 忠度(ただのり)/平 忠度(たいらの ただのり)
・説明:1144−1184年 平安末期の武将、歌人 
    平忠盛の子、清盛の末弟
 
忠度集
しほがまの むかしのあとは あれはてて あさぢが原に うづらなくなり
 歌意:塩釜を模し、豪奢を極めた庭園はすっかり寂れてしまった。浅茅が茂る荒れ地には鶉が、「憂し、辛し」と啼いているようだ。





No89 藤原 康光(ふじわら やすみつ)/康光法師
・説明:1221年順徳上皇が佐渡へ流された時、お供をし、1243年お骨を京都に捧持し、大原の法華堂に納めた。
 建保名所百首
みわたせば たくもの煙 立ちわかれ かすめる方や しほがまの浦
 歌意:見渡すと藻塩を焼く煙は左右に分かれて棚引いています。そのなかで、霞の濃くかかった方角が塩竈海岸なのですね。




  

No90 重之/源 重之(みなもとの しげゆき)
・説明:生没年未詳 平安時代中期の官人、歌人  源兼信の子  三十六歌仙の一人
    陸奥守藤原実方に随行し、陸奥で没した
重之集(陸奥をはじめ旅の歌が多い)
あらなみの まがきのしまに 立ちよれば あまこそつねに たれととがむれ
 歌意:荒波が厳重に取り囲んで人を監視するという、その籬島に立ち寄ると、すぐさま海人がやってきてあなたは誰かと咎めることだ。