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宮城県の句碑・歌碑・詩碑
塩竃市
塩竃百人一首 71〜80
・場所:宮城県塩釜市本町 塩竃曲水  Yahoo地図 
・現代語訳:東北福祉大学教授 花井滋春

No71 紀 貫之(きの つらゆき) 
・説明:971?−946年 平安時代前期の歌人。
    「古今和歌集」の撰者のひとり、「土佐日記」の作者 三十六歌仙の一人
  
今昔物語集 
きみまさで 煙たえにし 塩がまの うらさびしくも みえわたるかな
 歌意:院主であった源融公が亡くなられて以来、塩を焼く煙が絶えてしまいました。塩竈を象ったこの河原院も、塩釜浦の風情のように、うら寂しく見渡されることですよ。



 


No72 信生(しんしょう)/塩谷 朝業(しおのや ともなり) 
・説明:1174−1237(1248)年 平安時代末期から鎌倉時代初期の御家人
    
下野国の豪族宇都宮氏の出 鎌倉時代の歌人、僧 
    俗名:塩屋朝業
(しおのやともなり)
信生法師集 
しおがまの うらさびしくも みゆるかな 八十島かすむ 春の曙
 歌意:塩釜の浦の、曙の風情は何とはなしにもの寂しく見えることだなあ。八十島が春の霞の中に浮かんでいて。





 No73 安法(あんぽう)
・説明:生没年不詳 平安時代の僧、歌人。俗名:源趁(みなもとのしたごう)
    中古三十六歌仙の一人
安法法師集
としふりて あまそなれたる 塩竈の うらのけぶりは まだぞのこれる
 歌意:融大臣が亡くなって、年月が経った今でも、塩竈を象ったこの河原院では海人の塩焼く遺風が伝えられて、煙を立てていることです。





No74 能季(よしすえ)/藤原 能季(ふじわらの よしすえ)
・説明:1039−1077年 平安時代中期から後期にかけての公卿、歌人
    号:伊勢中納言
拾玉集
 しほがまの うらめしとのみ 思ふそらに 恋のけぶりも たちそひにける
 歌意:塩竈の空では塩焼く煙が恨めしいばかりでなく、加えて、恋に我が身を焦がす煙までもが立ち添うことですよ。





No75 従三位 行能(じゅうさんみ ゆきよし)
/藤原 行能(ふじわらの ゆきよし)/世尊寺 行能(せそんじ ゆきよし)
・説明:1179−1255?年 鎌倉時代前期の公卿・能書家・歌人
 続古今和歌集
おなじくは こえてやみまし しらかはの せきのあなたの しほがまのうら
 歌意:同じ東国を旅するならばいっそのこと白河の関を越えて、そのはるか彼方にある風光明媚な塩釜の浦まで訪れてみたいものです。





No76 相模(さがみ)
・説明:生没年不詳。平安中期の女流歌人で、中古三十六歌仙の一人 
相模集
いつとなく なみやこすらむ すゑのまつ まがきのしまに 心せよきみ
 歌意:古歌では、「もし、私が浮気心を持ったならば、きっと末の松山を波が越すでしょう」と、ありえないことの譬えとしてよく詠われますが、それがたった今すぐにでも起こるかもしれないと、籬島のようにしっかりと囲いを廻らせて用心してくださいよ、あなた。





No77 和泉 式部(いずみ しきぶ) 
・説明:974・976〜生没年不詳 父は越前守大江雅致(まさむね)、母は越中守平保衡(たいらのやかひら)女 中古三十六歌仙の一人 王朝時代随一の女流歌人 
和泉式部続集 
塩がまの うらなれぬらん あまもかく わがごとからき ものはおもはじ
 歌意:塩竈の浦で藻塩を焼きつつ思い煩うことに慣れている海女でさえも、私のように辛い物思いはしないことでしょう。





No78 為冬 朝臣(ためあさ あそん)/二条 為冬(にじょう ためふゆ)
・説明:1303−1335年 鎌倉末室町初期の公卿、歌人
    二条為世(ためよ)の子
新後拾遺集 
しほがまの 浦より外も かすめるを おなじ煙の たつかとぞみる
 歌意:塩竈の入り江の内側も外側も、同じように霞がかかっています。まるで、遙か遠い沖の方でも塩焼く煙が漂っているように思われます。





No79 後鳥羽 天皇(ごとば てんのう) 
・説明:1180−1239年 平安時代末期〜鎌倉時代初期の天皇
    高倉天皇の第四皇子として生まれる。
 
続古今和歌集
しほがまの うらのひがたの あけぼのに かすみにのこる うきしまの松
 歌意:夜がほのぼのと明けはじめる頃に、塩竈の浦には春霞がかかり、そのぼんやりとした中に浮島の松がうっすらと見えることですよ。



 

No80 頓阿(とんあ)(とんな)/二階堂 貞宗(にかいどう さだむね)
・説明:1289−1372年 鎌倉時代後期から南北朝時代の僧、歌人
    下総守二階堂光貞の子 俗名:二階堂貞宗。子に僧・歌人の経賢がいる。
草庵集
夕霧の まがきの島や これならん 波にぞはれぬ しほがまの浦
 歌意:夕霧に包まれた籬の島とは、こういうことを言うのだなあ。塩竈の浦の波ではないが、並一通りのことでは晴れやらぬ風情であるよ。