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宮城県の句碑・歌碑・詩碑
塩竃市
塩竃百人一首 51〜60  

No51 鴨 長明(かもの ちょうめい)
散位 従五位下 鴨県主 長明上
(さんいじゅうごいしもかもあがたのぬし)
・説明:1155−1216年 平安後期−鎌倉時代の歌人、随筆家。「方丈記」を著した
   俗名:禰宜(ながあきら)  鴨長継の次男
 
正治後度百首
ゆふされば 松風さむみ 雁なきて 浜ぢさびしき ちかの塩がま
 歌意:夕方になると松林を吹く風が冷たいので、秋が来たと雁が鳴いて渡ってくる。千賀の塩竈の浜は寂しげだ





No52 皇太后宮大夫俊成卿(こうたいごう)
藤原 俊成女/俊成卿女(ふじわら としなりの むすめ)
  
・説明:1171?−1254?年 藤原俊成の養女。実父は尾張守左近少将藤原盛頼、
   母は八条院三条 別名:皇太后宮太夫俊成女、俊成卿女、侍従具定母、三位侍従母、晩年出家してからは嵯峨禅尼、越部禅尼嵯峨禅尼、越部禅尼
 
 夫木和歌抄
ゆめにこそ 宮このことも みるべきを そでになみこす ちかのしほがま
 歌意:夢にこそ都にいるあなたが現れるはずなのに、少しも現れません。それは、あなたが私のことをお忘れになったからなのでしょうね。ですから私は千賀の塩竈の浦が波に洗われるように、袖を涙で濡らしております。




 

No53 四条 隆親(しじょう たかちか)/藤原 隆親(ふじわらの たかちか)
・説明:1202−1279年 鎌倉時代の公卿。歌人 四条隆衡の子 
宝治百首 
塩がまの けぶりや空に たゆむらん 薄雲はるる 春の夜の月
 歌意:塩竈の塩焼く煙は天空に昇ると勢いが弱まるのだろうか。薄雲がはれるように春の夜の月が美しく澄みわたっていることです。





No54 曽禰 好忠(そねの よしただ)  
・説明:生没年不詳 平安時代中期の歌人
 別名:長く丹後掾を務めたことから曾丹後(そたんご)とも曾丹(そたん)
 
夫木和歌抄 
ゆふやみに あまのいさり火 みえつるは まがきのしまの 蛍なりけり
 歌意:夕闇の中に見える、海人の漁り火と思われた光は、実は籬の島に飛び交う蛍の光だったのですね。




 

No55 能宣 朝臣(よしのぶ あそん)
大中臣 能宣(おおなかとみの よしのぶ)
・説明:921−991年 平安時代中期の貴族・歌人。大中臣頼基の子。三十六歌仙の一人。 
夫木和歌抄 
しほがまの うらにすむとも をし鳥の とふことのはを いつかわすれん
 歌意:例え塩竈の浦に住んだとしても、鴛鴦(おしどり)が約束を忘れないように、どうして鴛鴦の契りを忘れましょうか。決して忘れは致しません。  



 

No56 能因 法師(のういん ほうし)
・説明:988−?年 平安時代の歌人 26歳の時出家し、摂津国に住む。奥州・伊予・美作などを旅した。
 俗名:橘永ト
(ながやす)。法名は初め融因、のち能因に改称
 夫木和歌抄
さ夜ふけて 物ぞかなしき しほがまの ももはがきする しぎのは風に
 歌意:夜が更けて、鴫が幾度となく羽掻きをして立てるような風の音が、もの悲しく聞こえることだ。





No57 業平 朝臣(なりひら あそん)
/在原 業平(ありわらの なりひら)
・説明:825−880年 平安時代を代表する歌人 伊勢物語の主人公と言われる。
 紀貫之が選んだ六歌仙のひとりとして、また、藤原公任の選んだ三十六歌仙のひとりとしても名前が挙げられている。
 続後拾遺和歌集
塩がまに いつか来にけん 朝なぎに つりする船は 爰(ここ)によらなん
 歌意:塩竃にいつの間にか来てしまった。朝なぎの中で釣りをしている舟はここに寄ってほしい。





No58 法印 定為(ほういん じょうてい)(ていい)
・説明:?−1327以前?年 鎌倉時代の僧,歌人。父は二条(藤原)為氏(ためうじ)。
    母は飛鳥井教定女 号:一条法印
嘉元百首
春のくる いづくはあれど 朝霞 けぶりに深き しほがまの浦
 歌意:春の訪れが美しいどの地と比べても、朝霞が深く煙る、塩竈の浦の景色ほど素晴らしいところはありますまい。  





No59 いせ/伊勢(いせ) 
・説明:872−938年 平安時代の女性歌人 三十六歌仙の一人 藤原継蔭の娘
     伊勢の御(いせのご)、伊勢の御息所(いせのみやすんどころ)とも呼ばれる
古今和歌六帖
あまぶねの かよひこしより しほがまの ほのほいたます おもひつきにき
 歌意:天舟が塩竈に到着した時から、塩焼き竈に火がついていよいよ燃えさかったように、あの方が通い始めて以来、私に「思ひ」の「火」がついて、次第に激しさが増しています。





No60 兼盛の大君(かねもりのおおきみ)/平 兼盛(たいらの かねもり) 
・説明:?−991年 平安時代中期の歌人 光孝天皇曾孫の篤行の子 三十六歌仙の一人
大和物語
しほがまの うらにはあまや たえにけん などすなどりの みゆる時なき
 歌意:塩竈の浦に海人がいなくなってしまったからでしょうか。どうして漁をする姿が見られないのでしょう。同じように、塩竈の浦には「天(あま)」がなくなったからでしょうか。ここ名取の御湯には、雲の通い路を行く鳥の姿がまったく見えません。