| 宮城県の句碑・歌碑・詩碑 |
| 塩竃市 |
塩竃百人一首 1〜10
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・場所:宮城県塩釜市本町 塩竃曲水 Yahoo地図
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・現代語訳:東北福祉大学教授 花井滋春
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No1 従三位 基雅 卿(じゅうさんみ もとまさ きょう)
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| ・説明: |
夫木和歌抄
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塩竈の まがきの島の そなれ松 浦さびしくも 年ふけにけり
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歌意:塩竃の籬の島に茂る松は、風ですっかり腰が曲がったように地に枝を這わせています。長い年月を経て年老いた松はぽつんと浜辺に茂って、もの寂しそうに見えることです。
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No2 経平 卿/藤原 経平(ふじわら の つねひら)
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| ・説明:1014−1091年 平安時代中期から後期にかけての公卿 |
| 夫木和歌抄 |
松たてる まがきの島の 名にぞ聞く かはらぬ色の 人のへだては
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| 歌意:恋しい人を待つという、松を籬にした名前を持つ「籬島」に尋ねてみましょう。色変わりしない常緑の松のように、心変わりしないあなたは、今も他人を寄せ付けずに一人の人を待ち続けているのでしょうかと。 |

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| No3 (元輔)/清原 元輔(きよはらのもとすけ) |
| ・説明:908−990年 平安時代の官人・歌人 娘に清少納言がいる 三十六歌仙の一人 |
元輔集
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塩がまの 誰かはひとり ありときく しりてももゆる 身をいかにせん
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歌意:塩釜に漂う「火取り」(香炉)の煙ではないですが、あなたが独り身だとは誰も聞いておりません。夫ある身とは知りながらも、我が身を焦がすこの想いの火をどうすれば鎮められるのでしょうか。
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| No4 正三位 知家/藤原 知家(ふじわらのともいえ) |
・説明:1182−1258年 鎌倉時代の公家・歌人 新三十六歌仙の一人
号:大宮三位入道 法名:蓮性 |
| 新後拾遺集 |
春の色は わきてそれとも なかりけり 煙ぞかすむ 塩竈の浦
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歌意:春の色は特別にどの色という決まりはなかったのですね。塩焼く煙に霞む塩竈の浦の美しさをみていると、それがよくわかります。
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No5 大蔵卿 有家 卿(おおくらきょうありいえきょう)
/藤原 有家(ふじわらのありいえ) |
・説明:1155−1216年 平安時代末,鎌倉時代初期の歌人。
大宰大弐重家の子 |
夫木和歌抄
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心あらば そではいかにと あまをとへ おぼろ月よの しほかまのうら
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歌意:もし、あなたに風情を解する心があるならば、「涙で袖を濡らしていませんか」と海人を訪いなさい。朧月夜の美しい塩竈の浦で塩を焼いて風情を損なう、我が身のつたなさを嘆いていることでしょうから。
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| No6 実朝(さねとも)/源 実朝(みなもとのさねとも) |
・説明:1192−1219年 鎌倉時代前期の鎌倉幕府第3代征夷大将軍
征夷大将軍源頼朝の二男。母は北条政子 |
| 金槐集 |
| しほかまの 浦の松風 かすむなり 八十島かけて 春や立つらむ |
歌意:塩釜の浦の松の木の木の間を暖かな風が吹き抜けていく。海に浮かぶ島々は春の霞につつまれて、今日の立春を迎えることでしょう。
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| No7 権小僧 都季厳 |
| ・説明: |
| 夫木和歌抄 |
かりが音の 声吹送る 春風に けぶりもなびく 塩竈の浦
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歌意:塩竈の浦には、北へ帰る雁の声を送る春風が吹いてくる。それと共に春霞があたり一帯にぼんやりと立ち籠めてくることだ。
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| No8 前大納言為氏 |
| ・説明: |
| 続後拾遺和歌集 |
よしやただ ちかの塩がま ちかかりし かひもなき身は 遠ざかるとも
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歌意:「千賀の塩竈」の貝ではないが、「甲斐」という名のあなたは、私が近づいても甲斐がないので、遠い国に旅立っても、まあ、仕方のないことだなあ。
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| No9 妙光寺内大臣 |
| ・説明: |
| 新葉和歌集 |
しほがまの 浦の煙も たゆむ夜に 月のくまなる うき島の松
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歌意:塩竃の浦の、塩焼く煙が弱まった夜に、月がぼんやりと浮島の松を照らし出していることよ。
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No10 前参議 雅有/飛鳥井 雅有(あすかいまさあり)
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| ・説明:1241−1301年 鎌倉時代の公家・歌人で羽林家の飛鳥井家の当主 |
| 新続古今和歌集 |
すまの海士の 心や月に なびくらん けぶりぞよわる 浦の塩竈
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歌意:塩焼く煙が弱まって、くっきりと浮かび上がった月影が塩竈の浦の島々を照らし出しています。この美しい風情を目にしたならば、塩焼きに専心する須磨の海人の心も、月に靡いていくでしょう。
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