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宮城県の句碑・歌碑・詩碑
塩竃市
塩竃百人一首 11〜20
・場所:宮城県塩釜市本町 塩竃曲水  Yahoo地図
・現代語訳:東北福祉大学教授 花井滋春

No11 土御門院/土御門天皇(つちみかど てんのう)
・説明:1195−1231年 鎌倉時代 第83代天皇
土御門御集
霧さむき 籬の島の 冬がれに 浪の花もや 色かはるらん
 歌意:霜が冷たく降りて、冬枯れした籬の島に寄せる波の花も、きっと寒さで色変わりすることでしょう。





No12 範宗 朝臣(のりむねあそん)/藤原 範宗(ふじわら のりむね) 
・説明:1171−1233年 鎌倉時代の歌人。治部少輔基明の子 
建保名所百首
立ちのぼる 煙や空に かすむらん みどりもふかき 塩がまのうら
 歌意:塩焼く煙が空に立ち上り、それで空一帯に霞がかかったように見えるのだろうか。緑が深まっていく塩竈の浦の様子は未だに春霞をかかえたままのようだ。





No13 前大納言 忠良 卿/藤原 忠良(ふじわらのただよし) 
・説明:1164−1225年 平安後期-鎌倉時代の公卿、歌人 
 夫木和歌抄
松風の 夏たけくまに すずしきは 梢に秋や ちかの塩がま
 歌意:夏の盛りであるこの武隈で、松の木々をわたる風が涼しく感じられるのは、千賀の塩釜の松の梢に、秋が近づいているからであろうか。





No14 権僧正 頼印/(ごんのそうじょう らいいん)
※権僧正:大僧正・僧正の次の位にある者  
・説明:1323−1392年 南北朝時代の真言宗僧侶。関東(鎌倉府)護持僧として活動
新後拾遺集
ことうらの 春よりも猶 かすめるや やく塩竈の けぶりなるらん
 歌意:春を迎えた諸国の海岸は何処であっても霞に煙っています。しかし、塩焼く煙までもが漂う塩竈の海岸では、より一層霞がかかった風情に感じられることでしょう。   





No15 法橋顕昭(ほっきょうけんしょう)/顕昭(けんしょう)
※法橋:僧位の第三位
 
・説明:1130−1209年 平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歌僧
    亮公(すけのきみ)、亮阿闍梨(すけのあじゃり)とも呼ばれる
夫木和歌抄 
へだてける まがきの島の わりなきに 住むかひなしや ちかの塩がま
 歌意:私とあなたを隔てる籬島がいかんともし難いので、「千賀の塩釜」の貝ではないですが、そば近くに住む甲斐もないことですよ。



 


No16 正三位 家衡 卿
・説明:  
夫木和歌抄
ながむれば やそ島かけて あさみどりかすみぞたてる しほがまの浦
 歌意:眺めやると遙か遠くの島々までもがうっすりと緑色に霞んでいるように見えることです、塩竈の浦は。



 


No17 隆祐(たかすけ)/藤原 隆祐(ふじわらの たかすけ)
・説明:1190以前−1251以後年 鎌倉時代の歌人 新三十六人撰 
隆祐集
塩がまの 昔の煙 あともなし かすみはすゑに たちかくれども
 歌意:塩釜を象ったという融大臣はその昔、河原院で藻塩を焼いて陸奥の風情を楽しんだというが、今はその面影もない。春の霞だけは野末に立ち隠れているものの、塩焼く煙は絶え果ててしまっていることだ。





No18 権中納言 経高母( ごんちゆうなごんつねたかはは)  
・説明:  
新葉和歌集
ゆきてみし 昔は遠き みちのくに 思ひいづれば ちかのしほがま
 歌意:昔、都を後にした時には遠く思われた陸奥の国が、今思い出すと「千賀の塩釜」という名前のように近々と感じられることです。





 No19 大納言 経通 卿(だいなごんつねみち)
/一条(いちじょう)藤原(ふじわら) 経通(いちじょうつねみち)
 
・説明: 
夫木和歌抄 
たちまよふ けぶりもなみに まがひつつ なのみぞちかの しほがまのうら
 歌意:塩焼く煙は真っ直ぐに上ることもできず、地を這い波と混じって人を寄せ付けません。名前だけが近いのですね、千賀の塩竈は。





 No20 九条 良経(くじょう よしつね) 
・説明:1169−1206年 平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿 書家 歌人 
秋篠月清集 
それもなほ 心のはては ありぬべし 月見ぬ秋の しほがまのうら
 歌意:そうであってもやはり、思いの極まる処があるに違いない。秋の名月が煙でぼんやりとする塩竃の浦の風情というものは。