在原 業平(ありわらの なりひら)
/業平 朝臣(なりひら あそん) |
塩竃曲水(しおがまきょくすい)
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・場所:塩竃市西町
「塩竈曲水」は、道路整備に合わせて地下に埋設された祓川を、利府町春日を水源とする権現堂浄水場の越流水を利用し再現したものである。
この流れに沿って「塩竈百人一首」を掲示し、「曲水の宴」の創造を図っている。
塩竃の歌枕:赤字
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| 業平 朝臣(なりひら あそん) |
・説明:825−880年 平安時代を代表する歌人 伊勢物語の主人公と言われる。
紀貫之が選んだ六歌仙のひとりとして、また、藤原公任の選んだ三十六歌仙のひとりとしても名前が挙げられている。 |
| 続後拾遺和歌集 |
塩がまに いつか来にけん 朝なぎに つりする船は 爰によらなん
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しおがまに いつかきにけん あさなぎに つりするふねは ここによらなん
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歌意:塩竃にいつの間にか来てしまった。朝なぎの中で釣りをしている舟はここに寄ってほしい。
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姉歯の松
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・説明:伊勢物語に「栗原や姉歯の松の人ならば、都のつとにいさといわましを」在原業平と詠まれ、平安朝物語文学ではみちのくの歌枕となった。
芭蕉の「奥の細道」にも記述があり、俳句ファンが多く訪れる。
又、悲しい伝説も残っている。
伝えによれば、全国から「女官」を選んだ時、陸奥国の代表に奥州気仙郡高田の豪農の「朝日姫」が選ばれ、船の旅に出たが、途中大嵐となり、船を降りて陸路を通った。姉歯の里にたどり着いたところで重い病気になり死んでしまう。
その後、朝日姫の妹である夕日姫が代わりに都へ向かうことなり、旅路の途中で姉歯の地に立ち寄り、
悲運な姉の墓に松の木を植えて墓印とした。薄命の姉を思い夕日姫が植えたこの松が、姉歯の松である。この姉妹の話が、歌枕として詠まれる様になった。
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姉歯の松(あねはのまつ)
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| ・場所:宮城県栗原市金成梨崎待井24-2 Yahoo!地図 |
栗原の 姉歯の松の 人ならば 都のつとに いざといはましを
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くりはらの あねはのまつの ひとならば みやこのつとに いざといはまわしを
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歌意:栗原の姉歯の松が人であるなら都へ行こうと言いたいが、あなたはこの地を離れられない姉歯の松です。 松を女にかけ、貴方は連れて行けないとしたもの。
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1812年 建立
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