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鴨 長明(かもの ちょうめい)
散位 従五位下 鴨県主 長明上(さんいじゅうごいしもかもあがたのぬし)
・説明:1155−1216年 平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本の歌人・随筆家
   「方丈記」を著した 俗名:禰宜(ながあきら) 鴨長継の次男
塩竃曲水
・場所:塩竃市西町
 「塩竈曲水」は、道路整備に合わせて地下に埋設された祓川を、利府町春日を水源とする権現堂浄水場の越流水を利用し再現したものである。
 この流れに沿って「塩竈百人一首」を掲示し、「曲水の宴」の創造を図っている。
 塩竃の歌枕:
赤字

正治後度百首
ゆふされば 松風さむみ 雁なきて 浜ぢさびしき ちかの塩がま
 歌意:夕方になると松林を吹く風が冷たいので、秋が来たと雁が鳴いて渡ってくる。千賀の塩竈の浜は寂しげだ




姉歯の松/金成町
・場所:宮城県栗原市金成梨崎待井24-2 Yahoo!地図
・説明:伊勢物語に「栗原や姉歯の松の人ならば、都のつとにいさといわましを」在原業平と詠まれ、平安朝物語文学ではみちのくの歌枕となった。
芭蕉の「奥の細道」にも記述があり、俳句ファンが多く訪れる。
 又、悲しい伝説も残っている。
 伝えによれば、全国から「女官」を選んだ時、陸奥国の代表に奥州気仙郡高田の豪農の「朝日姫」が選ばれ、船の旅に出たが、途中大嵐となり、船を降りて陸路を通った。姉歯の里にたどり着いたところで重い病気になり死んでしまう。
 その後、朝日姫の妹である夕日姫が代わりに都へ向かうことなり、旅路の途中で姉歯の地に立ち寄り、
 悲運な姉の墓に松の木を植えて墓印とした。薄命の姉を思い夕日姫が植えたこの松が、姉歯の松である。この姉妹の話が、歌枕として詠まれる様になった。

ふるさとの 人にかあらん 栗原や 姉歯の松の うぐいすの声
 句意: