藤原 家隆(ふじわらの いえたか)(かりゅう)
/家隆 朝臣(いえたか あそん)
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塩竃曲水
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・場所:塩竃市西町
「塩竈曲水」は、道路整備に合わせて地下に埋設された祓川を、利府町春日を水源とする権現堂浄水場の越流水を利用し再現したものである。
この流れに沿って「塩竈百人一首」を掲示し、「曲水の宴」の創造を図っている。
塩竃の歌枕:赤字 |
| 藤原 家隆(ふじわらの いえたか) |
・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位 |
| 新古今和歌集 |
見わたせば 霞のうちも かすみけり 煙たなびく しほがまのうら
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みわたせば かすみのうちも かすみけり けむりたなびく しおがまのうら
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| 歌意: |

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阿武隈川槻木大橋
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・場所:宮城県柴田町槻木下町 Yahoo地図
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| 藤原 家隆(ふじわらの いえたか) |
・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位
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新古今和歌集
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君が代に あぶくま河の 埋もれ木も 氷の下に 春をまちけり
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きみがよに あぶくまがわの うもれぎも こおりのしたに はるをまちけり
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歌意:
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2014.4.22

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| 陸奥の歌枕 |
末の松山(すえのまつやま)を詠んだ歌
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・場所:宮城県多賀城市八幡2丁目 宝国寺 Yahoo!地図
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| 藤原 家隆(ふじわらの いえたか) |
・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位 |
新古今和歌集 37
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霞たつ すゑの松山 ほのぼのと 波にはなるる 横雲の空
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かすみたつ すえのまつやま ほのぼのと なみにはなるる よこぐものそら
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歌意:
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雄島(おじま)を詠んだ歌
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・場所:宮城県宮城郡松島町松島 Yahoo!地図
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| 藤原 家隆(ふじわらの いえたか) |
・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位 |
新古今和歌集
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秋の夜の 月や雄島の 海人のはら 明けかた近き 沖のつり船
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あきのよの つきやおじまの あまのはら あけかたちかき おきのつりふね
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歌意:秋の夜の月が惜しいからか、雄島の海人は空の明けがたに釣舟で沖に出ている
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| 宮城野(みやぎの)を詠んだ歌 |
・場所:仙台市宮城野区宮城野
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藤原 家隆(ふじわらの いえたか)
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・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位 |
宮城野は 宿かる袖も 松虫の 鳴く夕かげの 萩のうは露
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みやぎのの やどかるそでも まつむしの なくゆうかげの はぎのうはつゆ
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歌意:
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| 白河の関(しらかわのせき)を詠んだ歌 |
藤原 家隆(ふじわらの いえたか)
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・説明:1158−1237年 鎌倉時代初期の公卿、歌人
「かりゅう」とも呼ばれる。 初名:顕隆。法名は仏性、壬生二位
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消ぬが上に 降りしけみ雪 白河の 関のこなたに 春もこそたて
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きえぬがうえに ふりしけみゆき しらかわの せきのこなたに はるもこそたて
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| 歌意:消えない上に更に降り続けてほしい |
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白川の 関のしろ地の からにしき 月にふきしく 夜半のこからし
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しらかわの せきのしろじの からにしき つきにふきしく やはんのこからし
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歌意:
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