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宮城県の万葉歌碑
平 祐誉(挙)(たいらの すけたか)
・説明:三条天皇の長和4年(1015)頃関白藤原道長の家司として知られる。
姉歯(あねは)の松/金成町
・場所:宮城県栗原市金成梨崎待井24-2 Yahoo!地図
・説明:伊勢物語に「栗原や姉歯の松の人ならば、都のつとにいさといわましを」在原業平と詠まれ、平安朝物語文学ではみちのくの歌枕となった。
芭蕉の「奥の細道」にも記述があり、俳句ファンが多く訪れる。
 又、悲しい伝説も残っている。
 伝えによれば、全国から「女官」を選んだ時、陸奥国の代表に奥州気仙郡高田の豪農の「朝日姫」が選ばれ、船の旅に出たが、途中大嵐となり、船を降りて陸路を通った。姉歯の里にたどり着いたところで重い病気になり死んでしまう。
 その後、朝日姫の妹である夕日姫が代わりに都へ向かうことなり、旅路の途中で姉歯の地に立ち寄り、
 悲運な姉の墓に松の木を植えて墓印とした。薄命の姉を思い夕日姫が植えたこの松が、姉歯の松である。この姉妹の話が、歌枕として詠まれる様になった。

  
 かくはかり 年積りぬる   我れよりも 姉歯の松は   老いぬらむかし
 かくはかり としつもりぬる われよりも あねはのまつは おひぬらむかし
 歌意:
 1812年 建立