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宮城県の句碑・歌碑・詩碑
歌枕 しほがま、塩竃
・説明:宮城県塩竃市。陸奥国松島湾内の塩釜。塩の生産地として有名な歌枕
シオーモNo47(No45) 従二位頼氏卿
子を思ふ 声もまがはし しほがまの みしまがくれの まつのともづる
 意:子を思って鳴く声のようにも聞こえます。塩竈の美しい島々の、松林の中に隠れ棲んでいるとも鶴(雌雄一対の鶴)の鳴き声は。



 
 シオーモNo53(No38) 四条隆親
塩がまの けぶりや空に たゆむらん 薄雲はるる 春の夜の月
 意:塩竈の塩焼く煙は天空に昇ると勢いが弱まるのだろうか。薄雲がはれるように春の夜の月が美しく澄みわたっている。



シオーモNo56(No34) 能因法師
さ夜ふけて 物ぞかなしき しほがまの ももはがきする しぎのは風に
 意:夜が更けて、鴫が幾度となく羽掻きをして立てるような風の音が、もの悲しく聞こえることだ。



シオーモNo57(No32) 業平朝臣 
塩がまに いつか来にけん 朝なぎに つりする船は 爰(ここ)によらなん
 意:いつの間にか塩釜に来てしまった、朝なぎのうちに釣りの船はここによって来てほしい



シオーモNo59(No30) 兼盛の大君
あまぶねの かよひこしより しほがまの ほのほいたます おもひつきにき
 意:天舟が塩竈に到着した時から、塩焼き竈に火がついていよいよ燃えさかったように、あの方が通い始めて以来、私に「思ひ」の「火」がついて、次第に激しさが増しています。
  


シオーモNo61(No33) 本院侍従
ほかざまに なびくをみつつ しほがまの けぶりやいとど もえまさるらん
 意:思わぬ方向になびく煙を見ながら、塩竈の塩焼く煙が益々勢いを強くするように、他の人に靡いていく恋人を目にして、更に「思ひ」の「火」でご自身を焦がしていらっしゃるのではないでしょうか。


シオーモNo65(No25) 忠峰
しほがまの いそのいさごを つつみもて みよの数とぞ 思ふべらなる
 意:塩竈の浜辺の砂を手に包み持ちますと、その真砂(まさご)の数ほどにわが帝のご治世が続くように思われることです。
 


 シオーモNo70(No21) 為仲朝臣
ちはやぶる 神もねのびと おもへばや けぶりたなびく しほがまの松
 意:塩竈の神も子の日(正月の行事)の火と思ったからだろうか。千代を祝って小松を引く塩竈の浦に煙をたなびかせていることだ。
  


シオーモNo72(No60) (信生)
しおがまの うらさびしくも みゆるかな 八十島かすむ 春の曙
 意:塩釜の浦の、曙の風情は何とはなしにもの寂しく見えることだなあ。八十島が春の霞の中に浮かんでいて。



 
シオーモNo74(No51) (能季) 
しほがまの うらめしとのみ 思ふそらに 恋のけぶりも たちそひにける
 意:塩竈の空では塩焼く煙が恨めしいばかりでなく、加えて、恋に我が身を焦がす煙までもが立ち添うことですよ。
 


シオーモNo81(No70) 従五位上行侍従臣藤原朝臣雅経
しほがまに いつかきにけん とばかりの そのことのはに 昔をぞしる
 意:融大臣が塩竈を象った河原院には、多くの公卿・親王が招かれ、車馬が門に集い、着飾った衣装が地を照らすようであったということですが、その様子は在原業平が詠んだ「塩竈にいつか来にけん」という歌の一節だけでも知ることができます。



  
シオーモNo88(No67) (忠度)
しほがまの むかしのあとは あれはてて あさぢが原に うづらなくなり
 意:塩釜を模し、豪奢を極めた庭園はすっかり寂れてしまった。浅茅が茂る荒れ地には鶉が、「憂し、辛し」と啼いているようだ。



 
シオーモNo95(Noなし)大内 政弘
都にも いかがうつさむ 塩かまや しほひしほみち かはるながめは
 意:都にも、何とかしてこの美しい眺めを移したいものだ。潮が引いたり、満ちたりする度にその風情を変える塩竈の勝景を。



 シオーモNo97(No) 太上天皇
しほがまの うらのけぶりは たえにけり 月見むとての あまのしわざに
 意:塩竈の浦に立ち上る煙は絶え果ててしまったなあ。月を見ようとして、海人が塩焼きを中断したので。



シオーモNo100(No) 堀河 天皇
あけくれに さぞな愛で見む 塩釜の 桜の本に 海人のかくれや
 意:朝に晩に、いかにも本当に塩釜桜を愛でましょう。その花の下には、海女の隠れ家もあるでしょうから。