宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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宮城野への道
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・場所:仙台市宮城野区五輪一丁目3 Yahoo地図
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宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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・説明:生没年未詳 南北朝時代の僧 歌人
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宮城野の 萩野名に立つ もとあらの 里はいつより 荒れはじめけん
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みやぎのの はぎのなにたつ もとあらの さとはいつより あれはじめけん
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歌意: 名取川を渡って宮城野に入り、その風情に感動。ほかと異なった色をした萩を一枝折り、人の住んでいた往時を偲び和歌一首を詠みました。
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1974(昭和49年) 建立
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2014.11.21

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| 末の松山を詠んだ歌 |
宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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| ・説明:生没年未詳 南北朝時代の僧 歌人 |
夕日さす 末の松山 霧晴れて 秋風通ふ 波の上かな
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ゆうひさす すえのまつやま きりはれて あきかぜかよう なみのうえかな
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歌意:国府多賀城に到着、末の松山を訪ね、松原越しにはるばる見渡すと、本当に波が越すように見え、釣舟も梢を渡っているように見えました。
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| 塩竃を詠んだ歌 |
宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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| ・説明:生没年未詳 南北朝時代の僧 歌人 |
有明の 月とともにや 塩竈の 浦漕ぐ舟も 遠ざかるらん
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ありあけの つきとともにや しおがまの うらこぐふねも とうざかるらん
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歌意: 塩竈に到着し塩を得るための藻を焼く煙を眺めながら、うら寂しい気持ちになりました。
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| 雄島を詠んだ歌 |
宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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| ・説明:生没年未詳 南北朝時代の僧 歌人 |
誰となき 別れの数を 松島や 雄島の磯の 涙にぞ見る
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だれとなき わかれのかずを まつしまや おじまのいその なみだにぞみる
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歌意: 僧衆百人住すといわれる松島円福寺、五大堂を眺め雄島を訪ねました。来迎の三尊が安置され、南の方には遺骨を納める場所があり,仏教に帰依した人々の元結なども多く見られ、心も厳粛にまた澄み渡り2〜3日留まりました
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白河の関を詠んだ歌
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宗久 法師(そうきゅう ほうし)
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・説明:生没年未詳 南北朝時代の僧 歌人 「都のつと」の作者 九州から東北地方まで仏道修行を目的とした漂泊の旅を遂行した
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都にも 今や吹くらむ 秋風の 身にしみわたる 白川の関
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みやこにも いまやふくらむ あきかぜの みにしみわたる しらかわのせき
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| 歌意: |
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